青潮~ふるさとを訪ねて

芋焼酎「手造り青潮」の故郷は、甑島です。
私たちの蔵は、平成19年(2007年)に、甑島から同じ薩摩川内市内の祁答院に移転しましたが、それまで、「青潮」は下甑島・青瀬で造られていました。

今年、甑島は、島民の長年の夢であった甑大橋が、8月29日に開通し、
上甑島、中甑島、下甑島が陸路でつながり、往来がスムーズとなりました。
そこで、久しぶりに、下甑島を訪ねてまいりました。

薩摩川内市の川内港から、上甑島の里港までは、高速船で50分ほど。
里港から「青潮」のふるさと・下甑島の青瀬までは、車で1時間15分ほどです。

あいにくの曇り空で少しわかりにくいのですが、甑島の海はとてもきれいな水色をしています。

中甑島と下甑島を結んでいるのが、今年開通した甑大橋です。デザインもとてもおしゃれで、徒歩や自転車で渡ることも可能だそうです。
※徒歩や自転車のための専用道路はありませんので、十分お気をつけください。
展望台から、その全景をみることもできます。

下甑島も、上甑島、中甑島同様に、美しい海と、島ならではの風景が広がります。

景色を楽しんでいると、美しい砂浜がみえてきました。「青潮」のふるさと、青瀬に到着です。

青瀬の集落は、ウミガメの産卵地もある美しい青瀬海と砂浜が目の前に広がります。青瀬海はとてもきれいな水色で、「まぼろしの青潮」のボトルは、その海の色をイメージしたものです。

集落の後ろには、「青潮」の名前の由来となった青潮岳があります。青潮岳の中腹には、青瀬の集落を見守るように、青潮神社があります。

青潮岳の青潮神社の祭神は、「少彦名神(スクナビコナ)」で、「酒造の神さま」といわれています。古来、酒は薬のひとつとされ、「少彦名神」は、酒造り の技術を広めたと言われます。

かつての製造場は、この青潮神社の真下のあたりにありました。まさに、「青潮」はお酒の神様が見守る中で産まれた焼酎なのです。

青瀬は、限界集落の一つ。美しい自然と人が共存し、おだやかな時間が流れる場所です。できれば、この地で焼酎造りを続けたかったという気持ちはあります。

ですが、1970年代に目の前の青瀬港に寄港していた航路がすべて抜港となり、何をするにも、遠くの港まで行かざるを得なくなりました。また、原材料の確保問題や焼酎粕処理問題も重なって、先代の時代には、毎年焼酎を造ることも、ままならなくなりました。

先代は、病に倒れる中で、「青潮」という焼酎の名前だけは、後世に残したいという強い気持ちをもっていました。

青瀬にある「瀬尾の観音三滝」

そこで、平成19年、その思いを引き継ぎ、私たちは同じ薩摩川内市の祁答院町に移転し、新たな地で、「青潮」を造ることとなりました。

甑島で造る「青潮」と祁答院で造る「青潮」。焼酎は、水をはじめとして、その造られる環境と密接につながっています。祁答院の地で、甑島で造っていたものと全く同じ味わいのものが造れるのかと聞かれれば、「NO」と言わざるを得ません。

ただ、先代が焼酎にかけた思いと、私たちが焼酎造りにかける思いは、全く変わりません。そして、祁答院もまた、澄んだ空気と清らかな水に恵まれた、焼酎造りに適した地です。

久しぶりに甑島を訪れて、受け継いだ「青潮」を、大切に守り続け、より高品質でお客様に「美味しい!」と思っていただける焼酎造りができるよう、さらに精進しようと、気持ちを新たにいたしました。

今後とも、甑島から受け継がれた「手造り青潮」、祁答院の地で生まれた「野海棠」、ともに、ご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

※手造り青潮シリーズが、2020年11月1日より、リニューアル&価格改定を致します。詳細は、こちらをご覧ください。